コラム

「読書しないと、人生の半分損する」って本当?

「読書の何が楽しいのだろう?」読書とは無縁だった二十代の僕はそんなことを思っていた。読書習慣のない人や読書嫌いの人もきっと同じことを思ったことがあるのはないだろうか。

 今回は読書の楽しさについて、いまでは読書好きに変身した筆者がその真相を突き止める。読書の楽しさとはいったい?

読書とは本来楽しいもの

 おうち時間が増えたことで、読書量が増えたという記事を見かけた。読書好きな僕としては素直に嬉しい。もっとたくさんの人に、読書に興味を持ってほしいものだ。しかし社会人の”年間”読書量は、およそ六冊未満という記事を見かけてしまい、とても残念な気持ちになった。

 そこで、どれくらいの人が読書しているのか調べてみることに(単行本、文庫本、新書だけでの調査)。

 まず普段から読書する人は、二人に一人だということだった。正直おどろいた。もっと少ない割合だと思っていたから。しかし半数の人は、読書の良さや楽しさに気づいてないということになる。それに、一ヶ月の読書量は一冊にも満たないらしい。悲しい現実を突きつけられたようだ。

 読書の習慣がない人たちの多くは、「読書する時間がない」とか「他に面白いことがある」といった理由で読書しないと答えていた。しかしそれよりも多かったのが、「本を読まなくても生活に不自由しない」という理由だ。読書嫌いだった時期もあるので、その気持ちもわからなくもない。

 しかしどれも、本を読まないための言い訳に過ぎないのではないだろうか。それとは裏腹に、九割以上の人が”読書は大切だ”と思っているということもわかった。読書の大切さはわかっているけど、読書は苦手だし楽しくないから、言い訳をしているように思える。そう思うのは、僕だけだろうか。

 おそらくその根底には、「読書=勉強」という意識があるのだと思う。そして多くの人は「勉強=強制的にやらされる」という意識を持っているはず。だから、せっかく空いた時間に本を読むなんてと思ってしまい、読書を遠ざけるのだ。

 読書は娯楽である。テレビやゲームなど同様に、エンターテイメントだ。つまり「読書=楽しい」ということ。しかしそれに気づいていない人がたくさんいるという事実。

 読書は本来、自分がまだ知らない世界や考え方に触れるための行動である。それは冒険するようで、本当は楽しいことなはずだ。

読書の楽しさとは

 では、読書の楽しさの正体とはいったい、何なのだろうか。僕自身の体験をふまえて、その真相に迫っていく。

 僕は、読書に目覚めてから不思議な体験をするようになった。それは、一見無関係に並んでいるようにしか見えない言葉が、他の本とつながるという体験だ。

 たとえば、「この話ってあの本で言っていたことと繋がる!」とか、「そうか、だからこれはこうなんだ!」とか、「あの本で言っていたことはこういうことかもしれない!」といった感じで本と本がつながっていくのだ。ビジネス書に書かれた言葉が、小説の一節とつながることだってある。読んだ内容が次々とリンクされていく感覚。

 そうやって点と点が線でつながり、一気に理解の深度が増していく。その感覚はなんとも言えない充足感を覚える。今まで考えもしなかった思考や知らない世界を、読書を通じて触れ、世界が広がったとき、最高に楽しいと言える。読書の楽しさは、さまざまな結びつきを発見することだ。

 点と点がつながり線になるとき、つまり新しい知識を手に入れたときの感覚は、ゲームで新しい技が使えるようになったときのような高揚感に似ている気がする。新しい技が使えるようになったことで、いままで難しかったステージがよりスムーズにクリアできたときのように、わくわくやうきうきといった感情があらわれる。楽しくないわけがない。

 その他にも、自分以外の人生を疑似体験できたり、自分とはまったく違う価値観や考え方を知れたりする面白さも、読書にはある。だけどそれよりも、いろんな本を読んでいくうえでさまざまな発見に出会い、点と点がつながる感動には勝てない。

 読書家は日々、読書体験という経験値が積み重なっていく。それは知識というアイテムを手に入れることでもあり、その経験値やアイテムが人を成長に導くのだろう。つまり読書は、ロールプレイングゲームように楽しいものなのだ。

読書という名の冒険

 読書するたびに自分の中に情報が積み重なっていき、読み終えるごとに世界が広がっていく。ボスを倒すと、新しいワールドに進められるゲームのように。

 人間は成長することで喜びを感じる生き物だ。本を読めば読むほど、自分自身の知識の層が厚くなっていく。そして本の中にある情報たちを自分の中に取り込んで組み合わせ、それらが血肉となることで人は成長する。

 誰でも、自分が成長している実感があるとき、心から楽しみ、そして喜びを感じることができるもの。成長を実感する充実感が読書にはあり、人を成長させてくる最強のアイテムといえる。

 成長することで、人生という険しい冒険をよりスムーズに進められる。すると、よりゆとりのある人生になるのではないだろうか。

 人は言葉でしか考えられないし、考えることでよりよい人生を送る方法を探るしかない。読書はその手助けをしくくれる存在だ。読書をしないということは、狭い視野で生きているということ。読書をする人はより高い次元で広い世界を生きることができる。

 人生は冒険だ。僕たちは日々、新しい自分の可能性を発見するために冒険する。いつもと同じ景色じゃつまらないから。そして新しい景色を見るために読書する。じっとしていたのでは、新しい自分は見つからない。

 しかしながら「読書=強制的にやらされる」という意識を持っていたら冒険には出られない。だから「読書=楽しい」という意識に変えることからはじめてみてはどうだろうか。

 読書もまた、冒険でありロールプレイングゲームなのだから。