奮闘記

【第二話】感情という名の伝染病

雨が降れば誰でも濡れる。傘をさせば濡れないですむ。おかげで雨にも濡れないし、風邪もひかない。無理をしないということは、そういうということだ。

僕は緊張の面持ちで新しい勤務先へと向かう。会社は最寄り駅から歩いて五分ほどの場所にある。マンションの一室に事務所はあった。

年が明けた二〇十九年のこと。僕はウェブデザイナーとして新たな道を歩みだした。先月、見事内定をもらい無事に転職という試練を突破したのだ。

転職先は小さな会社。片手で収まる人数しかいない。2DKほどの空間は十分な広さとは言えないが、狭すぎるというほどでもなかった。その空間に足を踏み入れるのはこれが二回目である。面接のときと、初出勤の今日。

面接のときは緊張で気づかなかったが、なんだか重苦しい空気がそこには漂っていた。部屋の窮屈さだろうか、閉塞感に包まれているような息苦しさを感じる。気が滅入りそうな予感が、なんとなく感じられた。新しい場所だからそう感じたのかもしれない、とそのときはあまり気に留めることはなかった。

最初の二週間は研修期間である。未経験でこの世界に飛び込んだのだから当然。主にコーディングの練習をした。コーディングとは、簡単に言えばプログラミングのことで、ウェブサイトを組み立てる作業のこと。例えばボタンをクリックするとページが移動するような仕組みを作ったり、とか。

小さな会社なので、打ち合わせのときのお茶出しや電話対応なども、新人の僕が率先してやらなければならない。しかし僕は電話がものすごく苦手なタイプだった。緊張して声が震えるほど。でもやらなければならない、仕事だから。

徐々に電話対応には慣れてきた。が、その狭い空間に流れる淀んだ空気感には、全く慣れることはなかった。ピリついた嫌な雰囲気を感じずにはいられない。あとから気づいたが、それはある社員の感情が原因だった。人間の感情は伝染するのだ。怖いくらいに。

人にはミラーニューロンというものがある。この神経細胞のおかげで、他者の感情を理解したり共感したりできる。例えば映画やドラマに感情移入して、悲しい気持ちになって涙を流したときには、このミラーニューロンの働きが関与していると言われている。人のあくびがうつるのも同様のことらしい。

しかし伝染するのはなにもあくびだけではない。ネガティブな感情やストレス、不安なども、まるで副流煙のように流れてくる。伝わりやすいのはポジティブな感情よりもネガティブな感情。負の感情はより感染力が強いのだ。

ものすごく怒っている人が部屋に入ってきた途端、部屋の空気がピリピリしたという経験がある人も多いはず。職場で怒りをあらわにする上司や受話器をガチャンと切る同僚がいると、こっちまで不愉快な気持ちになることもあるだろう。

ストレスを抱えた人から間接的に受けるストレス──。それは時として、メンタル的な問題に発展することもある。ウイルスのように人の感情は、他者へと伝染していく。

人によってはネガティブな感情を抱いた人間を見ただけでも、ストレスを感じてしまうことだってある。まさに当時の僕がそうだった。

負の感情の伝染によって僕の心は、紙ヤスリで少しづつ削られていく。毎朝、憂鬱な気分に襲われ、ときどき会社を休むことも。

職場にいるだけでしんどい。そんな環境で仕事をするのはまるで、拷問を受けているよう気分だった。

入社して二ヶ月を過ぎた頃。僕の脳はストレスによってバグを起こしてしまった。電話の受け答えもうまくできなくなり、相手の言っていることに理解が追いつかなくなる。決して難しいことを言っているわけではないのに。

そして電話が鳴ったらどうしようという恐怖と緊張に襲われ続けることに。僕の脳内でパニックが。短距離走でも走ったかのように早くなる鼓動。会社に行くのも怖くなり、人と話すことさえも嫌でたまらなかった。

多方向からストレスという銃弾を何発も僕の身体に打ち込まれる。心は蝕むのはなにも、一つとは限らない。複数の要素が複雑に絡み合うことでどんどん疲弊していく。

心が休まらない日々を送るうちに、やる気もわくわく感も失われていった。

もうこんな場所にいたくない、というのが正直な気持ち。しかし僕の頭の中で辛辣な言葉が叫ばれる。「こんなすぐに辞めるなんて非常識だ」「社会人としてありえない」「社会にでたら大変なことだって辛いことだったたくさんあるのが”普通”だ」と。

だから自分がどうにかなってしまいそうだと感じつつも、メンタルを削って働き続けた。僕は”会社のために”働いているわけではないにもかかわらず……。

また次の日がくると思うと眠れなかった。寝たいけど寝られない日が続き、心はさらに粗いヤスリで削られていく。さらに十キロのお米でも担いでいるかのような重さが身体にのしかかる。倦怠感に襲われながら毎日を過ごしているとある日、自分の心が壊れかけていることに気づいた。

ああ、もう自分を殺してあげるしかないのだろうか。逃げ道はそこしかないのだろうか。そんな思考がちらついたのだ。しかしどこに逃げたらいいのかも、誰に助けを求めればいいのかも、僕にはわからなかった。

次第にどうしたら苦しまず、自分を楽にさせてあげられるだろうか、と考えるように。

仕事場はマンションの五階に位置していた。仕事中、ここから身を投げてしまいたいと、何度思ったことか。そんなことを考えてしまう自分が怖くなり、いまの症状をスマホで検索した。検索結果には「鬱」という文字が。

それから毎日、通勤中に精神病のセルフチェックを試しはじめた。甘えじゃないということを知りたかったのだ。これは病気なんだと言い聞かせたかった。どのセルフチェックの結果も「うつ病の恐れがあります。心療内科の受診をおすすめします」という結果にたどり着く。

病院に行くべきなのに、一歩踏み出せないでいた。結局のところ”甘え”なんじゃないかとどこかで思ってしまっていたからだ。「新しい環境だからでしょ」と言われることを怖れていた。病院に行くほどのことじゃないのかも、と。

しかし入社して三ヶ月を過ぎた頃。とうとう会社へ行く足が止まった。朝、いつも通り電車に乗り会社へと向かっていが、最寄り駅に着いた瞬間、心がポキっと折れる音が。僕は改札を出てすぐ近くにあったベンチに腰掛ける。

「もう無理だ……このまま仕事を続けられない」と心の中が小さく呟く。そして僕は意を決して、病院に電話した。

病院で告げられたのは、抑うつ状態、不安症という診断名だった。

薬を処方してもらい、帰宅した僕は部屋で抜け殻となり、一点だけをただ見つめていた。「抑うつ状態ってなんだ? うつ病じゃないの? てことは結局甘えなのか?」負の思考がさらに心をえぐった。

ふと我に返る。診断結果を報告するため、会社に電話を掛けた。明日社長と今後について話し合うことに。

「これで会社を辞めれるだろうか」「もうあの場所へ行かないで住むだろうか」「こんな病んだ人間を置いとかないよな?」「もしかしてこのまま働き続けなければならないのか」そんな言葉が頭の中をぐるぐると渦巻く。

もうこれ以上自分を壊したくなかった。会社を辞めたいと思うも、どこかでまだウェブデザイナーを続けいたという気持ちも少なからず存在した。”せっかく”頑張って挑戦したのにここであきらめていいのかと葛藤する。その諦めの悪さが自分を破滅へ落とすことも知らずに。

いまだニートの僕。社会に出る怖さ、人間への恐怖心で、アルバイトするできないでいる。もうあんな苦しみを味わいたくないという想いが、どんどん社会と僕を引き裂いていく。

きっと自分を守るために、「辞める」という堅い意思があれば、傷は浅く済んだかもしれない。後悔しても過去が変わるわけでも、消えるわけでもない。残念だが。

しかしいまではこう思う。病気になったおかげで、自分らしく生きよう、自分らしく生きられる場所に行こうと思えるようになった、と。それに心からやりたいことも見つけられた。決して悪いことだけではなかった、と。

二つほど診断名がついた日、僕は深い深い眠りについた。