奮闘記

【第六話】Follow Your Dream ~夢を追いかけろ~

行動しなければ、何も変わらない。失敗を恐れていては、夢は遠のくばかり。まずはやってみる──失敗したっていい。多くのことを達成する人は、とにかく行動する。失敗を恐れて行動しないことこそ、本当の失敗ではないだろうか──。

フリーランスになることを決意した僕は、人生のリスタートに向け、最後の旅支度をはじめた。それは、まず何からやるか、人生をやり直す第一歩を決めること。

〈文学×写真×映像×音楽〉を掛け合わせた表現者になるため、どの分野から開拓していくかを決めなくては、前に進もうにも進めない。

表現にはさまざまな分野がある。その中でも僕はとくに文章表現に強い興味を抱いていた。

この当時はよく、文章を書くことが多かった。頭の中が散らかってきたり心が病みそうなとき、いま自分が考えていることや悩んでいること、感じていることをありのまますべてを紙に書き出す、ということをしていた。二つほどの精神病を抱えていた僕は、頭の中がよくグチャグチャになるのだ。

そうやって日々、言語化していると次第に、文章を書く楽しさを覚えた。そしてその興味がどんどんふくらみ、もっと文章を書きたいと思うように。

僕は本の中でもとくに小説が好きだ。小説を読むたびにいつも、「こんな素敵な物語を書いてみたい!」と創作意欲を掻き立てられる。そしていつの頃からか、「小説を書いてみたい」という夢を抱くようになった。

色んな要素が混ざり合い、文章表現に興味を持ちはじめた僕。

さっきも言ったが、僕には「小説を出版する」という夢がある。その夢を叶えるためにも、文章執筆で生活できるくらいにはなりたいと、ふと思う。

そして僕は、「文筆家」として活動をはじめることにした。なんの脈絡もないが、なんとなく、そう思ってしまったのだ。

まさか自分が文章執筆を生業にするとは、思いもよらなかった。これまで文章を書くことが大嫌いで、ずっと苦手意識があったから。

そうしてようやく、長く短い人生がふたたび動き出したのであった。それは僕がニートになって、一年が経とうとする二ヶ月くらい前のこと。

なぜブロガーやライターではなく、文筆家なのか。それは単純な理由だった。「文筆家」という響きが好き、という。それに文筆家と名乗るほうが、僕らしいような気もした。だから『自称・文筆家』と名乗ることに。

まずはじめに、ブログを書こうと頭に浮かぶ。以前からブログには興味があったからだ。でも文章を書くことが苦手だった僕は、一歩踏み出せずにいた。

しかしいまならブログにチャレンジできそうな気がした。そう思った僕はパソコンを開き、ブログについて調べた。

ブログに広告を貼ることで収益化できるらしい。月五万から十万くらいなら僕でも稼げるのでは、と思う。もちろんそんな甘い世界ではないが、可能性はあった。

ブログは気軽にはじめられるし、自分のペースで作業ができる。心の病気から立ち直ったとはいえ、やる気が全く出ずに何も手がつけられないこともたまにある。そんな僕には、ブログ運営という仕事が合っているように思えた。

ブログを開設しないことには、何もはじまらない。まず「はてなブログ」でいうブログサービスに登録し、ブログを開設した。しかし勢い込んだものの、そこから色々と考えてしまい、身動きできなくなる。

本当にブログで稼げるのだろうか、そもそも読んでもらえるだろうか、まったく成果が出ないままだったらどうしようと思ったり、あれこれ考えすぎてしまいドツボにはまった。どんどん不安が押し寄せ、ごうごうと燃える炎が忽然と勢いを弱めていくように、僕のやる気がしぼんでいく。

未来に不安を抱いてしまった僕はその場に立ち尽くす。それから一週間くらい、何も手につかない状態に陥る。意気消沈した僕は読書に明け暮れた。好きなことをして少しでも元気を取り戻すために。

読書をしていると色んな言葉に出会う。その言葉たちが色んな言葉と混ざり合い、頭の中に言葉が紡がれていく。

何かをはじめるとき、不安に襲われるもの。そのせいでなかなか行動できないこともままあるだろう。しかし行動しなければいつまで経っても、夢に近づくことはできない。そればかりか、できない理由ばかり考えてしまい、夢は遠のいてしまう。

ときに僕は、考えすぎてしまうことがある。おそらく自分に自信がもてないからだろう。気持ちがネガティブな方法に向かっているときは、とくにその傾向が強い。

なるべく失敗をしないためにも、考えることは大切だ。しかし考えすぎて行動しないほうが危険ではないだろうか。行動しないということは、何も変わらないということ。何かかしら動いていれば、自然とよい結果が舞い込んでくるはずだ。

何かとりあえず動いてみれば、立ち止まることはない。

僕は人生をリスタートしたばかり。いつまでも立ち止まっていられない、何でもいいいから行動しないと。夢に近づけないことに焦りを感じ、夢が遠のくことに恐怖さえ感じた。

「一歩でも半歩でも進もう、夢に向かって突き進もう!」と、僕は自分に言い聞かせる。

何かをはじめる前というのはあれこれ心配してしまうもの。だけど心配事があっても、実際にやってみることのほうが大事だと思う。だからといって、あとさき考えずにとりあえず動けばいいというわけでもない。失敗のリスクが大きことなど、慎重に進めたほうがいいこともある。

きちんとやり遂げたり、効率性を意識したりすることこそが、真の行動力と言うのかもしれない。だから考えすぎて何もしないという状況は避けたいところ。

僕は自分を奮い立たせ、新たな火種を探す。

ふと部屋の本棚に目を向けた。そして『SNSで夢を叶える』(著:ゆうこす)という一冊の本に目が留まる。その言葉が目に入った瞬間、「これだ!」という直感が。僕は本棚からその本を手に取り、読みはじめた。

根拠はないのだけれども、なぜか「これだ!」と思う瞬間がたまにある。誰しもそんな経験はあるのではないだろうか。

直感というのはなんとなくそう思うだけであって、根拠がないように思っていた。しかしそこにはちゃんとした根拠があるのだ。直感は記憶という根拠に基づいて、今の自分が意思決定したもの。だからなんとなく感じる最初の直感は、まず正しいと言える。

直感には、言葉ではあらわせられない、自分らしさを映し出している気がする。ぱっと見て、初めて感じたそれは、一瞬のできごとなだけに、不純物が混ざっていない。それはなにより正直な自分らしさと言えるはず。変に考えを曲げることもなく、雑念も含んでいない。だから直感はいちばん信用できる自分らしさなんだと、僕は思う。

きっと直感に従うということは、自分を信じるということなのかもしれない。

本を読み終えた僕はさっそくSNSを始めることに。これは妥協やあきらめではなく、方向転換だ。情報発信という意味ではブログと同じだ。

そもそも文章力ゼロの僕がいきなりブログを書くのはハードルが高かったのかもしれない。一段ずつ上がればいいところを、二段、三段飛ばして上がろうとしていたのだから。そんなことしたら、つまずくのも当たり前ではないだろうか。

できそうにないことにかかわらず、「自分ならできる! 自分を信じよう!」と思えば、それは嘘になってしまう。それでも無理に思い込ませようとすれば不安が生まれ、逆に自分が信じられなくなる。そうなると自分らしい人生を歩めなくなるだろう。

山を登るときに大切なのは、歩幅を小さくして、一歩ずつ確実に前へ進むこと。急ぐ必要はない、自分のペースで進めばいい。そして障害物があわられたら、焦らずクリアしていけば、山頂にたどり着けるはず。人生も同じだ。

いまの自分を受け入れよう。決して完璧ではなく、まだ成長の途中なんだと。そしていまいる自分が最大限の自分であることを否定せずに受け入れること。

いま現在、僕たちは色んなことを学んでおり、ダメな部分もあるということを理解しよう。そうすればありのままの自分を、いまここに存在する自分を、最大限に信じられる気がする。

そして僕は、ツイッターとインスタグラムのアカウントをつくった。まずはSNSでの情報発信にチカラを入れる。

投稿内容は、大好きな本に関すること。最初はあまり反応がなく、ほとんど「いいね」も付かなかった。それでも辛抱強く続けた。

多くの人が夢を夢で終わらせてしまう。なぜなら途中であきらめてしまうから。方向転換だろうと歩きつづければきっと、ゴールにたどり着けるはず。

一日一歩でも、半歩でもいい、とにかく歩きつづけるんだ。