奮闘記

【第四話】人生はやり直せる。いつでも、何度でも、どこからでも。

気持ちを立て直すことができれば、自然と現実も立て直っていくだろう。人生をやり直すために一番大切なのは、ポジティブになることだ。

二〇二〇年の初め、僕はニートになった。

一年前、ウェブデザイナーに転職するも、メンタル的に問題を抱えてしまい、抑うつ状態と不安症という二つの診断名が告げられる。

自分を守るために会社を辞める決心をするも、会社からは強く引き止められた。なかなか辞めさせてもらえず、ずるずると月日が経ち、辞めることができたのはそれから半年以上が過ぎた頃だった。

ニートになった僕は、「またか」と情けない気持ちに襲われた。と同時に申し訳ない気持ちが押し寄せる。実はいままでにもニートになった経験が、二度ほどある。

ニートになるたびに落ち込む。なんでちゃんと職につけないんだ、と悩み苦しんだ。しかし生きていれば大変なこと、傷つくこと、悲しいこともたくさんある。そこで「ああ、自分の人生は失敗だ」と思うことはないのだ。その都度自分に「大丈夫」と声を掛け、必要ならば誰かの力を借りながら、また立ち上がって歩き出して行けばいい。

たくさん傷つき、幾度も大変な経験をしたからこそわかること。人はそうやって成長していくもの。

僕は三度目のニート生活を送っている最中だ。こう何度も繰り返してしまうということは、何か意味があるのではないだろうか。その何かに気づかせるため、同じ出来事が繰り返される。気づくべきことに気づければ、同じ過ちを繰り返すことはないはずだ。

すべての出来事には意味があり、偶然など存在しない。すべては必然である。

僕は会社を辞めてからしばらく、自由気ままな生活を送っていた。何も考えずボーッとしたり、本を読んだり、ユーチューブを見たり。心が自然と前を向くのを待った。ニートになって一ヶ月ほど経ったとき、僕の心がやっと目を覚ます。

人生という長く短い旅へと再出発しよう思うが、一向に足が前に出ない。心の病気というのは、そう簡単に治るものではないらしい。まずは心の状態を立て直すことが先決みたいだ。二つほどの診断名がついた僕は、心の病気と向き合うことに。

当時はちゃんと心療内科に通っていた。だが次第に行っても、ただ薬をもらうだけであまり行く意味が感じられず、結局通院を放棄してしまった。

先生との相性もあまりよくなかったのも原因だろう。人の心は繊細だ。人によっては先生との相性が合わず、何度も病院を変えるという人もいるみたいだ。もちろん病院を変えることも考えた。だけどなんだか億劫になり、別の病院を探すことはなかった。

かかりつけの病院に通うことも、新しい病院を探すこともあきらめた僕は、自分でなんとかすることにした。結局さいごは、自分でなんとかするしかないのだ。

僕は規則正しい生活に戻すため、早寝早起きを心がけた。寝る時間も遅くなりがちで、生活リズムが不規則だったからだ。それから筋トレやストレッチで身体を動かしたり、瞑想を試したりもした。

運動は脳にいい効果をもたらす、と何かの本に書かれていた。僕のような引きこもりはとりあえず、身体を動かすことが大切なのだ。瞑想については正直、半信半疑なところがあった。が、実際にやっているとその疑いはすぐに晴れた。やってみないことには、それがいいものかわるいものかもわからない。

そしてある日、それは突然やってきた。自分の内側にある感情を吐き出したくなったのだ。なぜそんな衝動に駆られたか、自分でもわからない。

自分の内側に転がる思考や気持ちを、ただひたすらに紙に書き出していった。頭の中に浮かんできた言葉をそのまま書き出す。きれいな文章を書こうなんて思わず、ただただ溢れてきた言葉たちをノートに吐き出していくだけ。

いまの気持ちや会社を辞めれずにいたときこととか、頭の中にあるモヤモヤとしたものを全部、言葉として表現した。そして書き終えた瞬間、このうえない爽快感が。物が散乱した部屋が、綺麗に整理整頓されたような気持ちよさ。

あとから知ったがこれは、「エクスプレッシブ・ライティング」という思考整理法らしい。思ったことを紙に書くという簡単なものだが、ネガティブな感情の減少、うつ病や不安感の改善が期待できる。おかげで僕の沈んでいた気持ちが、ポジティブな方向へと向いていった。

「エクスプレッシブ・ライティング」を続けていくと、どんどん心の霧が晴れていった。体内に溜まっていた毒素が体外へと放出されていく感覚に。少しずつ心に爽やかな風が流れてきて、どんどん霧を晴らしていく。

会社を辞めて半年が過ぎようとしていた頃。完治とまではいかないが、人生をリスタートできる状態までには回復した。しかしこれからの人生をどう生きていくか、人生をどういう方向に向かわせるか、自分のことなのにまったく見通しが立っていなかった。

僕はこれまでの人生、常識にとらわれ、周りの反応ばかり伺って生きてきた。自分を知らないから、自分がどういう人生を歩みたいかもわからない。無意識にいろんなものに縛られて生きてきたから、本来の自分がどういう人間かあまり深く考えてこなかった。そしていつの間にか、自分自身を見失っていたのだ。

本来の僕という人間は、好奇心旺盛で何事にも挑戦的。自分のペースを大事にしており、周りの流れに合わせるのが苦手。だから集団の中にいるよりも”個”で動くほうが好き。僕はありのままの自分をひた隠し、どこか自分を押し殺して生きてきたのかもしれない。

だからまわりに同調することばかり気にして、人の意見に流されてしまい、人に言われたことを受け流すこともできずにいた。会社を辞めたいと思っても、他人の言葉に流されて辞めれずにいたのもそのせいだ。

他人の意見のまま生きることは、他人の人生を生きるということ。他人のレールを歩んでいた僕は心の病気になったおかげで、生き方を軌道修正することができたようである。

人生は旅だ。自分の人生をどういう人生にしたいか、考えなければいけない。自らの人生をどういう方向に向かわせるか、ということも。北に行くのか、南に行くのか。向かう方角を決めないことには放浪の旅だろうが、旅を始めることができないはずだ。

だから人生を再出発しようにも、僕は進めないでいた。そもそも僕は、自分自身も見失っていた。自分が何者なのか、わからなかった。自分を知らずして、よりよい人生の旅は渡り歩くことはできるのだろうか。

自分の本音を聞き出すため思考を巡らせる。「楽しみを感じることは何?」「何に辛さを感じている?」「どんな人生を送りたい?」と、さまざまな問いを自分にぶつけた。

「どうありたいか」ではなく「どうしたいか」を考え、自分の内側に眠る本音を呼び起こす。

新しいことに挑戦することに楽しみを感じる。自由を束縛されることはなによりも辛いと感じる。わくわくするような楽しい人生を送りたい──幼き頃の自分のように、今という瞬間を楽しく生きたい。

もちろん人生は決してラクなものではない。だが大変だったとしても楽しさがあれば、いくらだって歩んでいける。しかし楽しさのない、苦しく辛い人生は今日という日を生きるのだって難しい。そういう人生を歩んでいると、死の誘惑に負けてしまうことになるだろう。楽しく生きたいものだ。

人は心が愉快であれば終日歩んでも嫌になることはないが、心に憂いがあればわずか一里でも嫌になる。人生の行路もこれと同様で、人は常に明るく愉快な心をもって人生の行路を歩まねばならぬ(劇作家・シェイクスピア)

好奇心の赴くままに興味のあることに挑戦する人生──それが僕の人生のテーマである。

昔から僕は何かに挑戦することが好きだった。できるかできないかよりも、やるかやらないか。そんな思想が僕の真髄にあり、何か新しいことに挑むことを心底楽しんでいたように思う。

僕という人間の芯には、「挑戦」という言葉が刻印されているのだろう。それは揺るぎないコアとなり、アイデンティティである。きっと僕は挑戦者なのだ。さまざまなことに挑戦して人生を切り開いていく人間。

人はそれぞれ個性を持っている。考え方も価値観も能力も何もかもが違う。もっと自分らしくありのままに生きていいのではないだろうか。

こうして人生の再出発に向けて準備を整えていった。

何度転んだって、何度でも立ち上がってみせる。

人生は何度でもやり直せるのだから──いつでも、どこからでも。